ブリテン『ルクレティアの陵辱(ルクリーシア)』対訳について

もうすぐ、関西二期会によってブリテンの『ルクリーシア(ルクレティアの陵辱)』が上演されます。
http://www.kansai-nikikai.gr.jp/090313.html

というわけで、作曲者指揮のCDで予習しています。ブリテンのオペラは、3年ほど前にユニバーサルが網羅的に出してくれたので、その多くが日本語対訳付きで入手できます。で、それは非常にありがたいことなんですが、この訳、ちょっと意味のわかりにくいところが多いのです。どうも誤訳じゃないかと思うんですがいかがでしょう。私も英語が専門ではないんであんまり自信ないんですが…。いくつか目についた例を挙げてみます。

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第1幕

How did Tarquinius reach the throne?
By making his virtues and his will
Bend to the purpose of determined evil.(p.35)
(訳)いかにしてタルクィニウスは王座を手に入れたのか?
彼みずからの美徳を作り上げることによって、
彼の心は決定的に悪徳へと向かったのだ。

2,3行目の日本語、意味がよくわかりません。どうも his will を Bend の主語と取っているように見えますが、Bend は過去形でもないし三人称単数現在でもないし…。「彼の美徳と意志とを、決意した悪の目的へと向けることによって」ぐらいでしょうか。決意した悪の目的ってのも変な日本語ですが。

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So he climbed and married the king's own daughter
Whom he murdered; then married her sister(p.36)
(訳)こうして彼は位を高め、ほかならぬ国王の女婿となり、
やがて国王を殺害した。そのとき彼は妻の姉を娶っていた。

これは、国王を殺したんじゃなくて、王の娘とまず結婚して、彼女を殺して、そのあとその姉だか妹だかと結婚したんじゃないでしょうか。「そのとき〜娶っていた」は過去完了っぽく解釈してるように見えますが、苦しいですね。なお、この後で王を殺す話は改めて出てきます。

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It is axiom among the kings, to use
A foreign threat to hide a local evil.(p.36)
(訳)国王たちにとって、ある地で犯した悪を隠すために
外敵を利用することは、当然の理とされている。

a local evil は「ある地で犯した悪」じゃなくて、国内というか地元での悪だと思います。

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Oh, the only girl worth having
Is wine! Is wine! Is wine! Is wine! (p.38)
(訳)ああ、女こそ持つに値するもの
酒だ!酒だ!酒だ!酒だ!

酒を飲みながら歌われる歌です。「持つに値する唯一の女は、酒だ!酒だ!」ということでしょう。この歌は「持つに値する唯一の酒は、愛だ!」とか、何度か言葉を変えて繰り返されますが、全部変な訳になっています。

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第2幕冒頭

The prosperity of the Etruscans was due
To the richness of their native soil,
the virility of their men,
and the fertility of their women ...,
(訳)エトルリア人たちの繁栄は、当然ながら
故国を豊かにし、
その男たちを逞しく、
その女たちを多産にした...

これ、因果関係が逆だと思います。実際は「エトルリア人たちの繁栄は、彼らの国土の豊かさと、その男たちの逞しさと、その女たちの多産によるものであった。」じゃないでしょうか。be due to を「当然ながら」と訳していますが、その意味であれば、to のあとに名詞はおかしいような。

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ロンドン・レコードのLP時代の懐かしい字体で印刷されているので、この訳、かなり古いものではないかと思います。そろそろ現代の英文学者による新訳が欲しいところです。『ブリテン歌劇対訳全集』なんて出ませんかね。あとリヒャルト・シュトラウスとか。