METライブビューイング『イーゴリ公』(ボロディン)

 METライブビューイングの『イーゴリ公』を見てきました。まさか『イーゴリ公』がこうなるとは!非常に面白かったです。演出はドミトリー・チェルニャコフなんですが、この人はすごいですね。前に見た『オネーギン』で、タチヤーナを完全にコミュ障で挙動不審の少女にしていて、しかもそれがものすごくはまっていて、これはただ者じゃないと思ったんですが、今回はもう、作品そのものが未完なのをいいことに、カットしたり順番を入れ替えたりして、完全に話を作り替えてます。序曲はまったくのカット、ボロディンが関与していないとされる第3幕は部分的に使っていますが、行進曲などはありません。ダッタン人の踊りやコンチャク汗のアリアなどは、戦いで重傷を負ったイーゴリ公が夢の中で見た幻ということに(一面の赤いけしの畑の中で演じられます)なっています。
 演出の基本的なコンセプトとしては、全体をイーゴリの心情を軸として組み立ててなおすということのようです。遠征に出るのも現実逃避のようですし(どうもヤロスラヴナとはあまりうまく行ってないように見えます)、終幕も、多くの犠牲を出したイーゴリの良心の呵責に焦点が当てられています。イーゴリの心理の外で起こるできごと、たとえばヤロスラヴナの嘆きなどはほぼ原作通りです。
 脇役では、スクーラ(オグノヴェンコ!)とイェローシカのグドーク弾きコンビが原作よりもかなり肉付けされて面白いキャラクターになっていました。『隠し砦の三悪人』の千秋実藤原釜足を思い出しました。また、途中でいなくなってしまうガリツキー公ですが、今回の演出では、グザーク汗の軍が攻めてきたときに死んでしまうことになっていました。
 なかなか大胆な演出ですが、私は大いに支持したいと思います。この曲、音楽は本当にすばらしいんですが、何度みても物語には感動したことがありませんでした。特に終幕はひどくて、イーゴリ公は単に負けて逃げてるだけなのに英雄扱いだし、ガリツキー公はどこへ行ったかわからないし、いろいろダメです。ところがチェルニャコフはそういう問題を全部解決して、現代の聴衆の心を動かす物語として再構成してしまったのです。結末はぐっと来ます。
 歌手はさすがメト、レベルが高いです。特に良かったのは題名役のアブドゥラザコフ、コンチャコーヴナのラチヴェリシュヴィリ、グドーク弾きコンビのオグノヴェンコとポポフあたりでしょうか。上映は終わってしまいましたが、ブルーレイでも出ればおすすめです。